2025年7月1日〜8日のシフト
- 史 グレース
- 2025年7月11日
- 読了時間: 6分
魂に突き動かされるように、「普通そういうことはしないよね」という行動を選んで、大胆なこと、型破りなことをするのは今に始まったことではありません。
短大講師を辞めて、さっとシンガポールに移住したのは20代後半でした。
小学生の息子達を残して、一人インドにヒーリングを学びに行ったのは30代の終わりでした。
シングルで子供に一番教育費がかかる時代も、音楽教師を辞めて、今の仕事を始めながら、更なる学びのために年に二度は海外に行っていました。もちろん国内の移動も多く、そのうち、地上で次元上昇するには、いくべき場所に然るべき時に行くんだということが理解できるようになりました。
考えて行動しない、「気がついたらもうすでに、自然に動いている」それこそが最も高次な上との協働だと親しかったイギリスのマスターに指摘され。信じられないような気持ちで喜んだことが昨日のように思い出されます。
今回も自分でもびっくりするような大胆な旅。旅を通過しながら、大きなシフト、全ての上昇を実感しました。
まずは福岡空港に降り立ち、新幹線で熊本へ。レンタカーを借りて母と合流。
次の日、母のためのいくつかのミーテイングを終わらせ、お昼から車に乗ってトンネルをいくつも通り抜け、陸の孤島のような文教都市、人吉にて一泊。

時に大氾濫を起こす球磨川沿いの美しい宿で一泊。茅葺屋根が荘厳な青井阿蘇神社にも立ち寄りました。

次に宮崎目指して走りながら、高速道路のサービスエリアで写真を撮ろうとしてびっくり、霧島がすぐそこに!!!コースに入ってなくてもやっぱり通過していました。

宮崎では巨大な松林の中に立つリゾートホテルで二泊。地元の人がここの神様に陽が当たらなくなってしまい、宮崎の発展も止まったと嘆いていらっしゃいましたが、宮崎の迫力は今も健在でした。


次に向かったのは高千穂。神聖なエレメンタル達に出迎えられながら、一瞬の滞在でしたが、車に戻った途端の大雨。全ての計らいに感謝が止まりません。


そこから熊本に戻る高速は永遠に続く終わりなき道ようで、ユーミンの歌を大声で歌いながらなんとか乗り切り、子供の頃から一度行ってみたかった石造アーチ水路橋、通潤橋にも立ち寄りました。橋の中央から水が吹き出す姿が雄大な、1854年に造られた農業用水を満たす橋です。(放水の日ではありませんでした)

次の日は、母の生活を改善させるべく一日費やした後は、

熊本空港から東京へ!
これまで沢山ホテルに泊まって予約サイトでのランクが上がったからか、羽田空港からホテルまで無料の送迎がプレゼントされていました。黒塗り大型車の運転手はアロハシャツの中国の人、車内にゴミも落ちていたり、一瞬不安になりましたが、楽チンにホテルに到着しました。
ホテルは、70平米の大型ルーム。私の住処よりでっかい!値段も大型でしたが、与えられた恩恵と幸せな波動を自分で落とさないように、地上の天国を思いっきり満喫しました。

次の日はオフィシャル豪華送迎バス、お弁当とお土産付きに乗って、富士河口湖のベルリンフィル野外コンサート。憧れの団員達と指揮者のドゥダメルがよ〜く見えるアリーナ三列目の席から、普通のコンサートでは絶対許可されない写真をバシバシ。もちろん演奏も、野外コンサートのいつもとは違うノリが最高で、尚且つ美しいハーモニーも痺れるように美しく、大満足の大感激でした。
7月5日と6日に、富士山で世界最高峰のオーケストラが、野外、世界に向かって、壮大な演奏を響かせたこと、その指揮者がドゥダメルだったこと、全部が凄い計らいで、全てを大きく変えたことは間違いないのです!!!!そこにいられたこと、一部となれたことに感謝いっぱいです。


もちろん、行きも帰りも富士山!を望みながらの移動。日本のドラゴンラインの中心ですね。

次の日、日中はホテルでヒーリングだけに集中。
夜はアルマ・ドイチャーが指揮、バイオリン演奏、ピアノ即興をするコンサートに行きました。
数年前に行った天才ワークショップでも紹介した、イギリスの少女がもう20歳になり、ウィーンの楽団シュトラウス・カペレ(ヨハン・シュトラウス一世が創立したオーケストラ)を引き連れて来日していたのです。
彼女が作る曲は、ただただ光を受けながら再現している純粋な美しさ溢れる曲ばかりです。子供の時に作ったバイオリン協奏曲は、バイオリンを弾きながら指揮をして、
今回のために作ったJapanese Fantasiaは、「ふるさと」と「さくらさくら」のメロディーをテーマに作曲されたものでしたが、よくある西洋の人が作る東洋っぽい音楽ではなくて、本当に美しくメロディーが展開していく、とにかく純粋さ溢れる世界で、魂が感動した涙が止まりませんでした。
私の直近の過去生はウィーンのユダヤ人だと自覚しています。辛い人生でしたが、ここでウィーンと日本が、今生でも繋がり多いイギリスの天才少女によって(しかもドイチャーって名前、ドイツ)全部の苦しみが光へと上昇した瞬間でした。本当に意味深い一曲、こんな瞬間がもたらされたことは、本当に奇跡です。
CDを購入して、演奏会後にサイン会に参加することができたので、直接本人に
「次回は、絶対にあなたの自作曲だけでコンサートするべきよ」
と伝えました!!!!

次の日、羽田までタクシーで移動し、宮古島までの直行便で帰ってきました。
なんだか、ただの贅沢三昧、好きなことしただけのようですが、同時に沢山、人にも全体にもヒーリング、古いものを分解して放って、光に置き換えるワークを繰り返していました。
余談ですが、九州横断を終えて東京に移動するまでの二泊を熊本市内で宿泊した時、一泊目は予約していたホテルで過ごしたのですが、いつものように明け方の導きでもう一泊のホテルを変えることにしました。
変えた先のホテルのロビーに入った時、その荘厳なエネルギーに「あ〜やっぱり、なんでも、どこでも、どんな存在がついているか、光の存在次第でエネルギーがこんなに違う」と実感しました。

オーケストラも演奏家も、光のチーム次第。それが実力や品質に、そして値段にも反映しているだけ。
どこに、いつ、何のためにいき、何をするか、全部が同じエネルギーは同じエネルギーを引き寄せる、自然にピッタリのものを選んでいたり、与えられているだけ。
安いとか、高いではなくて、ただどんな波動、純度かで現実が作られるだけ。与えられた物事全てに感謝して、心の底から喜んで、できるワークにベストを尽くしていきましょう。
明日、未来は、私たち次第なのですから!




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